吉野川沿いのドライブ、6月の脇町と大歩危小歩危の景観を楽しんで
ブログのスピードが遅くてちょっと情けないですが、今回も私の6月の徳島旅行のレポートを続けさせて下さい。
梅雨時の真っ只中、徳島市街からレンタカーを走らせて、吉野川に沿って上流へとドライブしました。
基本的に、徳島自動車道をひたすら西へ向かったのですが、それだと景色を楽しめない。
そこで、高速を降りて寄り道することに。
川沿いの道路から吉野川の流れをのぞみます。
河口に位置する徳島市街から50キロほど上流の山あいにやってきたのに、まだまだ広い川幅。
やはり、日本三大暴れ川の一つですからね。凄いなと思いました。
そこで立ち寄ったのは、徳島県美馬市の歴史ある町でした。
脇町(わきまち)。石垣で一段高くなった場所に、立派な伝統的家屋が幾つも建っています。
この手前はかつての吉野川のほとり。川辺の船着き場だったのです。
水運を活かしたある産業で大いに繁栄してはず。
こんな坂の小径をあがって、この町に上陸しました。
その産業とは、藍(あい)の製造と商い。
吉野川流域は藍草(あいそう)の一大産地。江戸時代から明治まで、高品質な「阿波藍(あわあい)」として知られ、全国でも圧倒的な生産量を誇ったとか。
その藍草の集積地として、吉野川中流にある脇町が発展したのです。
その町を貫く脇町南町通り。
古い町並みが続きます。
まだ朝の早い時間だったので静けさが漂っていますが、ここに幾つもの藍商人たちが軒を並べ大いに繁盛していたはず。
右手の大塚食品の「ボンカレーの看板」にも懐かしさを感じてしまいました。昭和のボンカレーも徳島の産物ですからね。
ところで、この通りは「うだつの町並み」として有名です。
重厚な家々の軒先の2階ある、隣家を仕切る出っ張った壁が「卯建(うだつ)」。
火災の延焼を避ける建築上の工夫ですが、とても費用が掛かるのだそう。商家の財力を示すものでもあったとか。
ここは「うだつの上がる」店ばかりだったのですね。
この家にもうだつが。ここは将棋の12世名人の小野五平の生家だそう。天保2年(1831年)の生まれです。
そう、ここには江戸時代後半から明治に建てられた家屋が多いのです。
もともと、この町は徳島藩蜂須賀氏の筆頭家老、稲田氏のお城の城下町でもあったそう。
「藍」のお陰で、徳島藩は名目の石高より財政的にずっと豊かな藩だったといいます。
そんな古い家の屋根の下で、こんなツバメがひと休みする光景に癒されました。
そして、脇町でも1、2を争う豪商であった「吉田家住宅」は外せません。
寛政4年(1792年)に吉田直兵衛が創業した藍商で、屋号は「佐直(さなお)」。
美馬市の指定文化財として登録され、内部も公開されています。
きれいな広間に番頭さんが迎えてくれます。
藍で染められたお土産も当然売っていますね。
お客様を迎える玄関もあまりに立派。
大きな商いをやっていたはず。白いアジサイと赤いユリが活けてあって、なんとも粋ですね。
奥の部屋には、藍の綿入れの着物が飾られていたり。
こんなふうに上品に装飾された部屋が幾つもあります。奥行きが長~い家なのです。
この部屋では、なんと平成17年(2005年)に将棋の王位戦のタイトル戦も行われたそう。
さりげなく、指しかけの将棋盤が置かれ、対局シーンが再現。当時は、羽生王位でした。
なかなか憎い演出です。
この家を中庭から見上げてみました。
通りから見る家の外観とは全く違うたたずまいなのが面白い。
2階に上がって窓から見下ろすと。
吉田家住宅の敷地は更に奥行きがあって、大きな蔵が並びますし、その先の吉野川の船着き場へと続いていたのです。
通りから見た家の間口からは、想像できない程の縦長の広い敷地に驚かせられます。
当時、ここで藍染めの原料となる蒅(すくも)や藍玉(あいだま)が生産されていたそうです。
そういえば、埼玉県深谷市にある渋沢栄一の生家にもそんな土蔵があったなと思い出しました。
吉田家の奥にあるのが、この藍蔵(AIGURA)。
アルファベットで書くとカッコいい? かつての藍蔵がリノベーションされ、お土産屋やレストランになっています。
実は、私が吉田家住宅を見学している間、妻はここでお土産を物色。
ついでに、鳴門金時のアイスクリームを食べていて、私も一口食べました。
当然ながら美味しいですよね。
吉野川沿いのドライブで、こんな歴史に触れる寄り道をした後に、再び徳島自動車に乗って西へと移動。
またまた高速を降りたのは、阿波池田(あわいけだ)。「やまびこ打線」で知られた池田高校もこの辺りだななんて思いながら車を運転してました。
ここにもタバコの集積地で栄えたうだつの商家があるのですが、そこは立ち寄らず、吉野川に架かる池田大橋を撮影しました。
河口から100キロ近く上流になっても、まだこの広い川幅。赤い橋とともに絵になっていました。
そこからは、また吉野川沿いを国道319号線で進みました。今度は南へ。
上流へ進むにつれ、どんどん地形が険しくなり、吉野川の幅は狭く、そして流れが早くなります。
段々と秘境の地へと向かっていく感じがしました。
こんな渓谷でありながら、自動車道路と鉄道が走っているのが凄いです。
しばらくして、ここは小歩危(こぼけ)。細い山道を登ってみるとそこに可愛らしい展望台がありました。
「小歩危展望台」、地元の方が設営されたのではないでしょうか。数台の車を停められるスペースがありました。
もちろん、そこから見下ろす吉野川の渓谷の景観は、実に見事。天気も晴れてきて!
川辺の岩の形状が複雑で荒々しい。結晶片岩が長い年月によって浸食され形成された地形だとか。
もう、下流や中流で見られた吉野川の表情とは全く違いますよね。
そろそろお腹が空いてきたなと思いながら、更に上流へ。いよいよ、大歩危(おおぼけ)です。
名物の祖谷蕎麦(いやそば)でも食べようといたら、蕎麦屋「もみじ亭」がお休みで、、。ああ、残念。
そこは、日本一の激しいといわれる吉野川のラフティングの基地。RiverStation West-Westの駐車場。
蛇行する吉野川が、間近に見えますね。
コンビニなどは開いていてここでトレイ休憩を。
ここから対岸を眺めると、ちょうど向こうに土讃線(どさんせん)の電車が鉄橋を渡ります。
急いでシャッターを切りましたが、ちょっと遅れたか、、。
こんな山奥を走る電車があることが素晴らしい、絶景でもあるなと思いました。
そこから、もう少し走ると大歩危峡観光遊覧船乗り場へ。
ちょっと迷いましたが遊覧船には乗らず、駐車場から断崖絶壁を見降ろしてみました。
「おお~、こわ」。下まで降りて行くのは大変そう。
3隻の小型の遊覧船が停泊していました。確かに激流を楽しめそうですよね。
我々は、もう少し先の「道の駅 大歩危」へ。
そこに妖怪屋敷があるというので。この地域に伝わる妖怪伝説をもとに作られた妖怪の人形の展示があるのですが、、。
なんとこの日は、ここも休館。
仕方ないという訳ではないですが、ここで食事を。
最後に、「道の駅 大歩危」で過ごしたひとときを簡単に紹介します。

そこは、川側に張り出した絶景を見渡せるテラスのあるレストランでした。
そこから眺める、エメラルドグリーンの吉野川の急流と、その両側の巨岩奇岩の風景。
とっても綺麗で迫力がありましたね。
ただ、高所恐怖症の私は、こんな端の席には座らずに、室内の中ほどの席へ。
そこで食べたのは、なぜかイノシカバーガー。
文字通り、イノシシと鹿の合い挽き肉できたバーガーとか。ここは「Cafe&ジビエ」、ジビエの軽食料理のお店だったのです。
「お味は?」。「 クセは無いですよ」、なんて言われ。確かに、クセは無いですが、正直ビーフの方が美味しいですね。
それでも、こんな四国の秘境の地で、これを食べるとは。そして、ここは西洋人の家族が何組か訪れる観光地でもありました。
ちょっと不思議な感覚がありながらも、次の目的地へと向かいました。高所恐怖症なので「祖谷のかずら橋」には寄らずに。
次は、高知県です。
Wakimachi, Oboke & Koboke, Tokushima, Japan
この記事へのコメント
今年の夏はバテバテ、何もする気が起きませんでした。
怠けの言い訳にしています。
四国の旅、大歩危小歩危は出かけていませんが,
大塚美術館には出かけ有名な絵画に癒されたのを
思い出しています。
本当に誰もが知っている絵画ばかりで、
今もパンフレットは置いてあります。
私達は淡路島で鱧鍋が有名な民宿で一泊~
其処から大塚美術館へ出かけました。
まだ暑さが残りボチボチですがよろしくお願い致します。
有名な観光地でありながら
何か不思議な世界観に満ちた場所
面白いところですね
大きな川に縁がないので、どんななんだろうと思います。
美馬野の脇町はその大きな川で栄えたんですね。
先日、TVでその藍の事をやってました。
「うだつ」の上がる家なんですね。
よくうだつが上がるとかいいますよね(*^-゚)⌒☆
あら、燕がきれいに撮れましたネ
鳴門金時のアイスクリーム、美味しそう(^o^)丿
大歩危小歩危ってよく耳にします。
私は高所は大丈夫なのでセリ出た所でもOKです
あてにしたところがお休みだったなんて結構、あります。
身の不運を嘆くこともしょっちゅうです。
次は高知県にいらっしゃるのですね(楽しみぃー)
池田で香川用水の取水口は立ち寄りして欲しかったですか。
香川県の大部分の飲料水、灌漑用水を取水している所があります。
祖谷温泉の近くに高いがけっぷちの小便小僧も見ものですが
高い所はダメでしたね。
どの家もみんなうだつが上がってるので驚きます。
地理的に、吉野川の水運が大きな役目を
果たしていた事もよく分かりました。
出荷するのは、主に「藍玉」だったんでしょうか。
昔の風景を思い浮かべながら、かつて
水路だった道や石段を歩くのも楽しそうですね。
上流の小歩危展望台の景色にもびっくり。
ミクミティさんは大丈夫でしたか。私にはちょっと
怖いかも知れませんが、怖いもの見たさで、
一番先端部分まで行ってみたい気もしました。
吉野川沿いのドライブがいいですね。気持ちよさそう。
「うだつの町並み」素敵ですね。うだつは防火壁だったの
でしょうがこうやって見て歩くと、趣があっていいですね。
吉田家住宅、藍染め商品、可愛い番頭さん、楽しいですね。
鳴門金時のアイスも美味しそう。落ち着いた街並みを見て
歩くいい旅でしたね。次は高知とのこと、ブロ友さんがいるので
楽しみです。
脇町は藍玉で潤った町なんですね。火災の延焼を避ける工夫のうだつはとても費用が掛かって商家の財力を示すもの、その街並みがこれだけ残って往時の繁栄が偲ばれます。岐阜県美濃市にもうだつの上がる街並みがあります。
大歩危小歩危の見下ろす吉野川の景観は素晴らしいですね。川のエメラルドグリーンが神秘的で綺麗、川の両側の巨岩、奇岩も迫力ありますね。
ジビエ料理を食べれる場所も増えているようですが、ちょっと苦手です。
卯建(うだつ)って、そういう意味だったのですね。初めて知りました。
藍染め、いいなあ。
以前、将棋の対局が行われたのですか。それは粋ですね。
吉野川、一度見てみたいです。
大塚美術館以外はいつも母の故郷の香川県へ行く時に通過してしまって。。。
美馬市の農産物はこちらのスーパーで売ってたりします
ちょこちょこ買います
「脇町」こんな素敵なところがあるんですね
知りませんでした
いつか行ってみたいです
吉野川沿いのドライブもいいですね
大歩危小歩危も耳にしたことはありますが
なかなな興味が沸きました
うちのブルース君も高所恐怖症です(笑)
なので和歌山に行ったときは吊り橋は私1人で渡りましたね
橋を揺らそうとしてはったけど私は全然怖くないので(笑)
次の高知県も楽しみにしています
ミクミティさんの記事で小旅行を楽しんでいます。
うだつは言葉としては知れていますが実際に見る事は殆どないですね。
ここはうだつのある立派な街並みです。
吉野川もなかなかの景観ですね。
日本三大暴れ川の一つだったとは知りませんでした
小歩危展望台なんてのが今はあるんですね、自分が行った時は無かったような気がします
祖谷のかずら橋は渡りましたよ、たしかお金を払って(笑)
猪と鹿の合い挽きのバーガーですか?
ビーフの方が美味しいようですが、これもこの地ならではのグルメですから良い思い出になった事でしょうね
次は高知ですか?
楽しみにしています
吉野川沿いのドライブ、なかなかの絶景で素晴らしいですね~!
卯建の町並みもかつての藍のもたらす豊かさが感じられ
丁寧に廻られた様子もわかりやすく行った事がなかったので
とっても雰囲気が伝わりました。
それにしても祖谷温泉やかずら橋に立ち寄られないとは・・・
高所恐怖症の方にとって、あそこは鬼門なんでしょうね(笑)。
私は二度訪れていますけど、川に入り込むようなダイナミックな
温泉には、また行きたいと思うほどです~☆
川幅の広さには圧倒されました。
近くへ行きたかったのですが、生憎車ではないので・・・。
吉野川流域は藍の産地でしたか。
卯建のある町並みはどこかで見たような・・・。
大歩危小歩危辺りまで行くと
吉野川の表情も違いますね。
大歩危観光船を眺める写真は、激しい流れが覗えます。
エメラルドグリーンと奇岩の風景は上からでも迫力があります。
この日はお休みのところが多かったようですね。
次は高知県ですか。楽しみにしています。
防火壁が日本の美しい歴史的町並みを作って素敵ですね。
藍染のハンカチや風呂敷お土産に頂きました。
美しい藍色で作られた服が、一時流行った時期もありました。
大歩危小歩危にも行かれましたか。
ちょっと怖い景勝地ですよね大歩危小歩危の由来は
「大股で歩くと危ない。小さな歩幅で歩いても危ない」
という場所だったからと、学校の先生に教えてもらいましたね。
ずっと昔祖谷のかずら橋に行ったついでに寄りました。
綺麗な展望などなかった時代です。
上から見るとゾッとします><
この辺りから高知県境あたりまでジビエ料理が盛んです。
私はまだ食べた事がありませんが、お味はいかが?
次回楽しみにしています・
アイスクリームもおいしそう。大歩危小歩危、有名な観光地ですね。こう見ても吉野川の澄んだ水の流れと急流の激しさがわかります。高所恐怖症で近寄れなかったですか。^^かずら橋もテレビでよく登場しますが、寄らなかったのですね。
四国の吉野川、日本三大暴れ川の一つなんですね。「四国三郎」とも呼ばれているのですね。
脇町南町通りは古い町並みが続いているのですね。こういう通りは歩いてみたいです。
この通りは「重要伝統的建造物群保存地区」にも指定されているのですね。
「大歩危・小歩危」、学校の地理の授業でその地名を習いました。面白い地名だなあと思ったものです(^^)
ここで土讃線の車両も撮れるのですね。紅葉の時などは撮り鉄さんが集まりそうですね(^^;
火災の延焼を避ける工夫が、商家の財力を示すものになったのですね。
そういえば徳島は藍で有名でしたよね。。渋沢栄一のドラマを見て私の頭の中は藍と言えば埼玉になってしまってました。
「吉田家住宅」そこここに趣が感じられますが、将棋の王位戦のタイトル戦が行われてたとはびっくりしました。
大歩危小歩危、昔、車で走ったことはありますが、今は展望台、コンビニ、レストランと渓谷をゆっくり楽しめる場所がいくつもあるんですね。
私の今回の記事はまだ6月の頃。
雨が止めば爽やかな気候でした。大歩危小歩危は行かれてないですか。
大塚美術館へは行ったのですね。思い出に残っていますか。
私もそうですよ。
10月も中旬ですが、まだ秋になりかけという感じですよね。
大歩危小歩危、確かにユニークな名前であり、有名な観光地ですね。
でも、山の奥の奥。普通の人は立ち寄る所ではなかったとおもいます。
だからこそ、不思議な伝説や逸話があるのでしょう。
当時は、妖怪の里のように思われていたのかもしれません。
吉野川、日本三大暴れ川のひとつ。
美馬市の脇町ではその大きな川を活用して栄えたのでしょう。
藍を集積し、製造し、出荷する。全国的に知られた大きな商いだったのですね。それで財をなした商家が「うだつ」を上げたのでしょう。
そんな、屋根の下に燕を見つけて嬉しかったです。
こちらも徳島県、鳴門金時のアイスクリームは美味しかったです。
その後、大歩危小歩危へ。
高い所が怖くなければ、祖谷渓はいろいろと回れますよ。
私は、恐々のぞいていました。そして断念しました。
次は高知県、これからもしばらく続きます。
池田では、香川用水の取水口でしたか。チェックしてなかったです。
そこは、香川県の大部分の飲料水、灌漑用水を取水しているのですか。
それはそれは。
祖谷温泉に渓谷を見下ろす小便小僧があるのは知っていました。
恐そうなところですよね。行きませんでしたよ。
次の高知の旅も楽しみにしています。
はい、脇町は「藍」のビジネスで繁栄した町だったそうです。
藍商は、こぞって自宅に「うだつ」を上げたのですね。
かつて、吉野川の流域が質の高い藍草の一大産地だったわけです。
ここでは、藍が粉状になった蒅(すくも)が主な産物だったそうです。
これを吉野川を活用して大量に運搬していたのでしょう。
上流の小歩危展望台、吉野川の渓谷を見降ろせました。
ここは何とか大丈夫でした。ただ、足場が安定しない吊り橋は無理ですね。
はい、吉野川沿いのドライブを楽しみました。
脇町では、「うだつの町並み」を眺めて、当時の繁栄を想像しました。
こちらの商人達は羽振りがよかったのだと思います。
吉田家住宅を見学してそれを実感できます。
今でも、藍染め商品は魅力的なお土産だと思いました。
我々は、ここで鳴門金時のアイスを食べるくらいで。
ここから一気に南に下って、高知へと向かいました。
脇町は藍の生産と販売で栄えた町。
その街の「うだつの町並み」は立派で趣がありました。
そんな場所に、ボンカレーの古い看板や軒下のツバメ、レトロな街並みに似合う感じでした。
特に、吉田家住宅では当時の繁栄と、藍商の豊かさを感じさせます。
ここから、更に吉野川の上流へ。
渓谷の急流と両側の岩場は、迫力のある景色。
山深い秘境といったところですが、ここの鉄橋に電車が通るシーンがなんともいえず絵になっていました。
はい、脇町は藍の商売で潤った町。
主に、藍染の原料となる蒅(すくも)を生産していたそうです。
火災の延焼を避けるための「うだつ」は、確かに立派ですよね。
当時は、本当に羽振りがよかったのでしょう。
岐阜県にも幾つかうだつの上がる街並みがありますよね。
大歩危小歩危、吉野川上流の渓谷の景観は見応えがありました。
川のエメラルドグリーンが美しくもありました。
ジビエ料理は、悪くはないかもしれませんが、あえて食べたくはないかと思いました。
卯建(うだつ)、かつては日本の繁栄した町並みには見られたと思います。
その立派なものが残っているのが、こちらの脇町。
日本伝統の藍染めは今でも魅力的ですね。
この町で、将棋の名人が生まれました。その縁で、タイトル戦が行われたとおもいます。吉野川が様々な顔を持つ川ですね。
徳島県に行かれても徳島城は行かれてないですか。
やはり、大塚美術館が一番インパクトがあるかもしれませんね。
美馬市の農産物がそちらのスーパーで売られるとのこと。
身近な場所ですね。「脇町」は美馬市にあるんです。
吉野川沿いのドライブで、様々な川の景観に出会えますよ。
吉野川上流の大歩危小歩危は、徳島の秘境として知られていますよね。
ただ、高所恐怖症ですと、行ける範囲がちょっと限定されます。
それが少し残念でもありました。
次の高知県もいろいろありますよね。
昔、徳島へフェリーで行きましたか。
眉山が印象でしたか。確かにそうでしょう。
私の記事で懐かしさと旅行気分を味わってもらえたら光栄です。
「うだつ」は言葉としては知っていても実際に見ることはほぼ無いですね。
脇町は、うだつのある立派な街並みでしたよ。
吉野川上流の景観も見事でした。
梅雨時でしたが天気に恵まれて吉野川沿いのドライブは爽快でした。
日本三大暴れ川、当時は大変だったと思います。
小歩危展望台は、まだ新しいと思いますよ。
祖谷のかずら橋は、幾かどうか迷いました。
でも、お金を払って怖くて渡れないのももどうかと思い、断念。
その一方で、猪と鹿の合い挽きのバーガーを食べました。
これもこの地ならではの食の思い出ですかね。
次は高知もいろいろありました。
はい、天気に恵まれた吉野川沿いドライブ、見応えのある絶景を楽しめました。卯建の町並みも、レトロで風格がありました。
当時の藍の産業は巨大だったのでしょう。
大歩危小歩危から近い祖谷温泉やかずら橋。
迷いましたが、行っても渡れないんじゃ意味がないと思い、断念しました。吊り橋は鬼門ですよ。
2度も行かれているのですね。
吉野川は遠くから眺めただけでしたか。それはそれは。
本当に川幅が広いですよね。
かつて吉野川流域は藍の一大産地だったとか。
日本には、幾つか卯建のある町並みがありますよね。
大歩危小歩危は吉野川の上流。その激しい景観は見事がありました。
水がエメラルドグリーンで綺麗でした。
次の高知県もいろいろとありました。
徳島の脇町へは訪れていませんか。
そこまで有名ではないかと思います。私も徳島を旅行して急遽、寄り道したくなったのです。
防火壁のうだつは日本の美しい歴史的町並みに品格を与えているかのようでした。藍はかつて一大産業だったのでしょうね。
大歩危小歩危には行ってみたかったのです。
ちょっと怖い景勝地ですが、吊り橋でなければなんとか大丈夫です。
大歩危小歩危の由来、初めて知りました。有難うございます。
この辺りから高知県境あたりまでジビエ料理が盛んでしたか。
味は、正直あえて食べなくてもと思ってしまいました。
恥ずかしながら次回から高知県の旅のレポートなります。
脇町のうだつの上がる街並み、レトロで風格がありました。
本当に豊かで繁栄していたと思います。
そんな現在の軒下にツバメが1羽。いい感じなので思わず撮影。
大塚食品のボンカレーの看板も懐かしいですよね。
吉田家住宅の藍の展示も魅力的でしたよ。アートでお洒落な感じ。
そこから大歩危小歩危は、有名な観光地。
吉野川上流の渓谷の水がエメラルドグリーンだなんて初めて知りました。
奇麗な色の急流は記憶に残りますね。
ただ、かずら橋は、怖~い吊り橋、あきらめました。
大歩危小歩危の川の流れは、エメラルドグリーン。
こんなに奇麗なんだと驚きました。
こんな色をテーマにした撮影旅行をされたのですか。
それはロマンチックですよね。
はい、吉野川は日本三大暴れ川の一つで、確かに「四国三郎」とも呼ばれていたとか。その中流域の脇町、かつて藍の集積地として繁盛したそうです。
うだつの町並みは、レトロが風格がありました。
この通りは「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されていましたか。
そこから、「大歩危・小歩危」へ。
地理の授業でその地名を習いましたか。
ここで土讃線の車両も撮れますよ。
確かに、紅葉の時などは更に絵になると思いました。
徳島県美馬市の脇町、うだつの町並みが立派で魅力的でした。
もともと火災の延焼を避ける工夫が、商家の財力を示すものに。
面白いエピソードですね。それはここだけではなかったのですね。
かつて徳島は藍の一大産地。
渋沢栄一も、阿波の藍に憧れていたのだと思います。
「吉田家住宅」はお洒落でレトロな魅力がいっぱい。
将棋のタイトル戦が行われてたとは私もびっくりしました。
大歩危小歩危は、昔、車で走りましたか。
今は展望台があったり、渓谷を眺める場所があります。
ただ、少ないなとも思いましたよ。
以前、フェリーで高知へ行って四国を半周旅行をされましたか。
大歩危小歩危は有名ですよね。その名前がインパクトありますし。
徳島が藍で栄えていたのは全国的に知られていたようですね。
脇町には、古い商家の街並みが残っていて、屋内も見られのがいいですよ。
次の高知もいろいろありました。
贅沢は禁止されても藍染だけは許されていたのでしたか。
商家の街並みそれもうだつが上がる建物ばかり。
それだけでも繁栄がうかがえますね。
大歩危小歩危の案内板を見た記憶があるのですが内陸を観光しませんでした。
それで高知から香川へ向かう際に見たのかと勝手に判断してます。
そうですね、幕府に贅沢は禁止されても藍染は普段着にも使われるので、厳しい規制はなかったでしょう。明治に入ってから庶民にも広く使われたはず。大きな産業だったことでしょう。
ここ脇町は、うだつの上がる羽振りのいい商家が多かったのですね。
大歩危小歩危は、高速を降りて、山間部の中の一般道を走ります。
通り過ぎてしまいましたかね。
阿波藍ですか。近くをドライブ旅したことは有っても、若かりし頃でそんな藍のことは露ほども知らず素通りして仕舞っていました。。
こういうことは、事前に知ってから行ってみると新たな観点で観られて良いですね。いつかまたノンビリとドライブ旅してみたいものです。
流石に大歩危・小歩危は観光した記憶が有りますが、少し雨が降っていて残念だった記憶が。やはり、ここは天気の良い日に観光したいですね。w
阿波藍、名前は聞いていましたが、どの辺りが産地なのかあまり知りませんでした。今回、その集積地という脇町へ訪れて、当時の繁栄に触れました。
吉野川沿いをドライブしていると、いろんな顔があるなと感じました。
有名な大歩危・小歩危は、天気が良いと川がこんなにエメラルドグリーンだったのには、ちょっと驚きました。
大歩危、小歩危の駅を通過した
覚えがあります。下車はしていませんが・・
かなり昔のことなので、ちょっと記憶が曖昧ですが。
和風の家の畳の部屋は落ち着きますね。
しっとり安定した雰囲気がしてきます。
激流・・ちょっと怖いくらいですね。
昔、高知に電車で旅されましたか。私は今回も車。徳島からでした。
大歩危、小歩危の駅を通過した覚えがありますか。
険しい山あいを走ったとはずです。激流も見えたと思いますよ。
徳島の脇町、かつての繁栄を感じさせる立派な和風家屋の街並みでした。
素敵です!!
藍の藍の綿入れの着物がいいですね。
実物を見てみたいです。
アルファベットで書かれた藍蔵は意外にステキですね。
小歩危(こぼけ)とはどういう意味なんでしょうか?
気になります。
駐車場から見下ろした断崖絶壁はこわそうです。
見ていても足がすくみます。
次回の高知県楽しみにしています。
徳島県の山あいの脇町、防火壁が歴史的な町並みを特徴づけていますね。
かつて、藍の産業で繁栄していたことを感じさせてくれました。
藍の綿入れの着物の他、お洒落な藍を使った展示がいろいろありました。
藍蔵もよかったです。
小歩危は、「小さな歩幅で歩いても危ない」という意味だそうです。
断崖絶壁の秘境です。
うだつの上がる町並みなのですね。
古い町並みを見るのも好きなので、一度訪れてみたいですが、駅からだとちょっと遠そうですね。
レンタカー必須でしょうか。
大歩危、小歩危は何度も列車で通りかかっているのですが、峡谷を見学したことはありません。
こちらも鉄道に乗るだけでは片手落ちかと思うので、そのうち訪れてみたいと思います。
徳島県の吉野川沿いの脇町。私も今回の旅で知りました。
うだつの上がる町並みは、かつて非常に繁栄したことが偲ばれました。
電車は川の反対側の南を走っていますから、北側にある脇町へは行きづらいかと思います。やはりレンタカーだと思います。
大歩危、小歩危は何度も列車で通ってますか。いいですね。
ただ、そんな電車と峡谷を一緒に見るのが一番魅力的かもしれません。
是非、また行かれて下さい。