GWの松島(その3) 島風景と歴史散策の続きを(観瀾亭、雄島、西行戻しの松公園)

今回も、ゴールデンウィークの宮城県松島での、島々の風景歴史散策レポートの続きです。

そもそも松島の景観と歴史は、そこに文化や信仰も合わさってセットで語られるべき。そんな思いを少しでも綴ればと。

これまで、島巡りの遊覧船五代堂福浦橋瑞巌寺円通院を回りましたが、松島にはまだまだ訪れたい名所がありました。

まずは、海岸沿いにずらっと並ぶ商店街の角の小高くなった地に建つ観爛亭(かんらんてい)
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こちらの門から入って石段を少し上がったところにあります。

目に飛び込んできたのは背の低い松と、その向こうに広がる松島湾。
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ここは遊覧船の桟橋のすぐ近く。海を背景に、松の花を見下ろすのも不思議な感覚。松島ならではの風流な光景かなと。

そこには、広い縁側を持つ大きな建築があるのです。
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これが観爛亭の茶室です。皆さん、外を眺めながら気持ち良さそうに抹茶と和菓子を食べておられます。

それもそのはず、ここは伊達家の藩主が納涼や観月のため訪れ「月見御殿」とも呼ばれた場所。

藩主やその家族が松島へ訪れた際の宿泊所であったり、幕府巡検使の接待施設としても使われたそう。

海に張り出し、少し高台になっているので眺望抜群なのですね。
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納得でした。しかも、そもそも観爛亭の建築は、伊達政宗豊臣秀吉から拝領した伏見桃山城にあった建物で、一旦、江戸藩邸に移築されたものを、更に2代藩主忠宗(ただむね)がこの地に再移築したと伝わります。

なので、その内装はこんなに豪華。
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御座の間(ござのま)の金箔と極彩色の襖絵や張付絵が、実に煌びやか。瑞巌寺と同じく、伊達家お抱えの狩野派の絵師に描かせたとされます。

重要文化財ですが、ここに展示されているのは複製品だそうで撮影が可能です。そうでしょう、ここは海風が吹き込みますからね。
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私は、観爛亭に隣接した小さな松島博物館を覗いたりして、その周囲を巡りました。

松に囲まれた御殿の陰影、何とも趣がありましたね。

その頃は妻は、近くの商店街を闊歩してことでしょう。その間に、私は次の場所へ移動。
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松島湾の南西方面へ。人がぐっと少くなり海岸が広がっています。

途中、松島離宮(まつしまりきゅう)という新しい大型商業施設があったのですが、そちらは妻に任せ、私は松島の歴史ある島へと。

陸地にほぼ接するように浮かぶ、雄島(おしま)です。
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訪れる人は少なめですが、この島こそ松島を代表する歴史的な島。中世以来の死者の供養の霊場でもあり、多くの歌に詠まれた歌枕の地でもあります。

そもそも、松島という地名の発祥地とも言われていますから。

この渡月橋(とげつきょう)で渡ります。
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東日本大震災の津波で流されてしまったそうですが、その後、再建されました。

雄島には、岩窟(がんくつ)が石碑がいっぱい。歴代の僧侶や巡礼/修行者による信仰や祈りが籠っているような神聖な雰囲気があります。

そんな雄島に、元禄2年(1689年)松尾芭蕉も訪れました。当時から聖地であり名所であったでしょう。

ここに、芭蕉と弟子の曾良(そら)の句碑が建っていました。
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ここに刻まれた「朝よさを 誰まつしまぞ 片心」という句は、芭蕉が松島へ行く前年に詠んだものとか。

奥の細道には、曾良の句が採用され、松島での芭蕉の句はありません。よく感動のあまり句ができなかったといいますが、松島を讃える詳しい記載はありますし、更に蕉翁句集には「島々や千々に砕けて夏の海」という句が残ります。この辺が、文学と記録の違いの面白さかと。

ちなみに、「松島やああ松島や松島や」は江戸後期の狂言師の作だそうですね。

ともあれ、細長い雄島の南の先端の方へ歩くいていくと、端正な6角形のお堂があります。
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これは、奥州御島頼賢碑(おうしゅうおしまらいけんのひ)を覆う鞘堂(さやどう)とのこと。

中にある石碑は、よく見えないのですが、鎌倉時代にここ雄島でなんと22年間も修業した頼賢(らいけん)の徳行を偲んだもの。石碑は14世紀初めに建立されたそう。本当に凄いことです。

ここからの松島の島々の景観も素晴らしかった。
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そう、古くから雄島からの眺望は知られていたそう。芭蕉をはじめ、多くの巡礼者も眺めたことでしょう。

苦しい修行と絶景。ここから浄土を見たのでしょうか。

そこから一気に北端に向かいました。
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雄島が幅の狭い島であることが分かりますよね。

何とも言えない光景です。その先端付近。
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こちらは、先述の頼賢が住んでいたという草庵、妙覚庵の跡。

また、島の中央部付近には、多数の岩窟が並びかつての霊場の跡を強く感じますね。
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松吟庵(しょうぎんあん)跡、ここにも草庵があったのですね。芭蕉も記録しているそうです。

そして、この近くにもずらっと岩窟が並び、トンネルがあります。
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見佛堂(けんぶつどう)跡。雄島の奥の院と言われた場所だそう。

かつて、見仏上人(けんぶつしょうにん)がここで法華経60,000部を読誦し、12年間ここで修業されたのだとか。もう気が遠くなりますね。

その偉業は京都にまで伝わり、時の後鳥羽上皇から松を贈られたそうです。それが「松島」の地名の発祥とも。様々な伝説があります。

回りに人がいないと、少し怖くなってきて。それでも、ちょっと勇気を出して暗くて低いトンネルを抜けました。
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すると、岩窟の中の石仏が西日に照らされて、、。とても荘厳な気持ちになりました。

こんなふうに、神秘的な雄島巡りでした。古来からの松島に触れられた気がして、ここに来られて良かったですよ。

妻とは、この後、駐車場で落ち合いました。まさに現実の地上に戻ったような感覚で。



最後に、様々な名所があった松島を後にするあたり、もう一つ車で立ち寄りたい場所がありました。

それは、高速道路のICの手前の脇道から少し西側の山を登ったところにありました。
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西行(さいぎょう)戻しの松公園です。

西行って、あの平安時代の歌人、西行法師(さいぎょうほうし)のこと。諸国行脚をしていた西行法師が、ここの松の大木の下で、童子との禅問答で敗れ松島行きを諦めた地と伝わります。

それが本当かどうかはともかく、ここの眺望は素晴らしい。
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桜の名所で、眼下の桜並木越しに松島の景観を見下ろせるのです。一面の桜の上に浮かぶような海と島々は、たまらないでしょうね。

GWのこの時は、山藤の花がところどころに咲いていました。

実は、こんな所にお洒落な展望カフェ、le Roman(ろまん)があるのですが、、。
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私は観光で歩き回っていたので、こんな眺めのいいカフェで一服できたら思い出になるなと考えていたのですが、妻は、既にショッピングついでの飲み食いでお腹いっぱいとのこと。

ああ、残念と思いながらもこちらのカフェは断念。カフェの脇から、松島の絶景を撮影しましたよ。
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正直、松島の島々を眺めるのはやはり高台からがいいですね。その方が多くの島々を立体的に見渡せるので。

ということでお茶をせず、この景観と近くに咲く山藤を少し撮って、帰路に着きました。
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以上で、3回に渡る私の松島のレポートは終了です。

次回は、もう一度、宿泊地の仙台に触れてみたいと思いますね。



Rankan-tei, Oshima & Saigyo-modosinomatsu Park, Matsuhima,Miyagi, Japan

この記事へのコメント

2024年07月16日 22:36
こんばんは。
松島も遊覧船乗り場から西へと廻り込むとぐっと観光客が少なくなりますよね。私も以前に雄島を観光した際に人が居なくて寂しく感じました。
それにしても、ここにもこんな歴史が有ったんですね。私はいつも何も調べもせずに行くので、何も知らずに観光してました。ww
西行戻しの松公園にも行かれましたか。ここは未だ行って無くて、、いつか桜の季節に行って見たいと思ってました。
2024年07月17日 07:42
観瀾亭の「月見御殿」の呈茶はさぞ美味しいでしょうね。
絶対,お呼ばれしたいです(^o^)丿
眺望もお味の内でしょうから。
御座の間も本丸御殿なみたい?ですね~~~
渡月橋って、各地にあるんですね。
流石に奥の細道、ここでは芭蕉翁の句もあったのですか?
曾良さんの句は各地に残っていますよね。一番弟子?
山藤が咲いてたんですね。
暑くなった今の時期に返り咲きしています(笑)
2024年07月17日 09:15
こんにちは

松島の島めぐりは一度しましたが私の巡っていない所があり
この詳しく解かり良い記事で改めて観光した気分になりました
有難うです。
2024年07月17日 09:19
 日本三景の一つ松島を堪能しました。いい写真が撮れましたね。
2024年07月17日 11:36
こんにちは!
観爛亭から松の木越しに広がる松島湾は素晴らしい景観です。伊達家の藩主が納涼や観月のため訪れ「月見御殿」とも呼ばれた場所も今は観光客の皆さんの素敵な休憩場所になっていますね。ここで食べる和菓子とお茶は最高でしょうね。内装もさすがに豪華です。
雄島の朱色の渡月橋も目を引きますね。震災で流されても再建されて良かったです。岩窟や石碑がいっぱい、神聖な雰囲気ですね。誰もいないとこの世とはかけ離れた気持ちになりますね。
西行戻しの松公園からの眺望も素晴らしいです。桜の季節は見事でしょうね。
おしゃれな展望カフェでの一服も良いでしょうね。ヤマフジも綺麗ですね。
2024年07月17日 17:47
月見御殿ですか。満月の明かりに
浮かび上がる黒い島影。伊達の殿様は、
そんな風流な景色を楽しんでたんですね。
月見酒が美味しかったろう…なんて、
想像してしまいました。『奥の細道』は
大分現実を変えて書かれてますから、
それを実録風に読んじゃいけないみたいで…。
「島々や千々に砕けて夏の海」なんて
いい句を詠んでながら、それを隠す芭蕉も人が悪い。
弟子の曽良も、何で俺のつまらない句を
作品に残すかなと、あの世で嘆いてるんじゃ無いでしょうか。
2024年07月17日 23:19
いつもながら旅と歴史の組み合わせの丁寧なリポート、頭が下がります。松島も風光明媚な所を訪れてああ、きれい。だけではないところがすごいですね。見佛堂跡の岩窟、すごいですね。重機のない時代によくこれだけのものが造られたと感心します。西行戻しの松公園、眺め最高ですね。ずっと見ていたいです。
素敵なカフェでお茶が出来なかったのは残念でしたね。
2024年07月18日 04:51
京都にも西行法師ゆかりの西行庵があるんですが、ここまで来られたんですね。さすがに日本三景の一つ、松島だけに見所満載で、見ていて楽しいです。
とくに嵐山の渡月橋が、ここにもあって。( ^_^)
ところどころ、東日本大震災の爪痕も、ただそれほどの被害は無かったように見えました。
高台から見る松島、綺麗です。事前に詳しく調べられたのでしょう。月見御殿でお菓子いただきたいです。
2024年07月18日 06:50
おはようございます。
松島の旅レポート、楽しませていただきました。
雑誌の記事のようなレポート素晴らしいですね。
西行戻しの松公園、松島湾が見渡せる素敵な公園ですね。
ゆっくり過ごしたい場所ですね。お洒落な展望カフェ
行きたかったですね。次回でしょうか。
2024年07月18日 09:53
おはようございます。
梅雨明けも秒読み状態に入りました。
いいお天気はありがたいですが、一気に35度は
少々きつい気がします。

瑞巌寺・円通院から楽しませて頂きました。
今回も大変楽しめるレポートを拝読させて頂きました。
観瀾亭・・今ならだれでも座れる場所になっていますが
昔は限られた人達だけの場所だったのですね。
月見御殿から見る景色は~自然が作った一番美しい景色と
言われた場所を一望できて最大のご馳走だったのでは。
曽良の句碑、何かで読んだのですが、芭蕉は、この様に素晴らしい所は
私が詠まなくても多くの人が詠むでしょうから、自分は詠まないと
言ったとか??色々な逸話が楽しいですね。
2024年07月18日 15:04
こんにちは!
観覧亭からの景観も素晴らしく
さすがお月見用に良さそうですね~☆
何も考えず、ここでぼんやりと時を過ごしてみたいと思いました。
雄島の先端の風景や松吟庵の岩窟も修行の跡が感じられ
感慨深いです。
高台のカフェも景色がよさそうで、素敵ですね~☆
ゆけむり
2024年07月18日 21:44
ブログからゆっくりのんびり旅されているのが伝わってきます
時間を掛けて楽しむってのも良いですよね
特にこちらの観爛亭ような場所はゆったりとした時間が流れているようだから、尚更のんびり見学したいですね
ちなみにこちらは見学していません
松島自体2回行っているんですが(^^;)

「朝よさを 誰まつしまぞ 片心」

「島々や千々に砕けて夏の海」どちらも素敵な句ですね

「松島やああ松島や松島や」は江戸後期の狂言師でしたか(笑)
勉強になりましたm(__)m
2024年07月19日 00:28
観瀾亭の「月見御殿」の抹茶と和菓子は美味しいでしょうね。
想像しただけで満足するしかないですね。
眺望は素敵な分プラスの味付けです。
渡月橋って、ここにもあるんですか。
知らなかったです。
芭蕉翁の句があったのですね。
山藤が咲いてたんですね。風景に溶け込んでいますね。

私も松島の島めぐりはしましたが
知らない場所が多いです。
堪能させていただきました。
2024年07月19日 19:36
見下ろす松の花が海に馴染んで見えるのは松島ならではの光景ですね。観爛亭ではリラックスした雰囲気でお茶を飲みながら絶景を楽しんでいる様子が伝わってきます。雄島には遺跡が多く長い歴史と伝統を感じました。
2024年07月20日 11:51
★空蝉さん、早速のコメント有難うございます。

はい、松島も遊覧船乗り場から西へと廻り込むとぐっと観光客が少なくなります。以前、雄島を観光されましたか。少し寂しいくらいですね。
ただ、雄島こそ、松島で一番歴史ある信仰の島なんですね。
更に、古来から歌にも詠まれた歌枕の地。憧れの地だったはずです。
西行戻しの松公園、ここから松島の風景が、松島のパンフレッドなどにも使われていますね。確かに、桜の季節は圧巻でしょうね。
2024年07月20日 11:56
★nobaraさん、早速のコメント有難うございます。

はい、観瀾亭でのお茶もいいでしょうね。
何しろかつてのお殿様の「月見御殿」。満月の夜などは絶好の場所だったでしょう。私も散策でいそがしく見学だけでした。
御座の間は、瑞巌寺の本殿の雰囲気を少し醸し出しますね。
渡月橋は、全国各地に多いのですね。
さすがに奥の細道で、芭蕉一行が訪れた島。句碑がありました。
弟子として曾良が一番有名ですよね。
西行戻し松公園には、ところどころ山藤が咲いて惹かれましたね。
2024年07月20日 11:59
★poniesさん、早速のコメント有難うございます。

やはり、かつて松島の島めぐりはされましたか。
私も久しぶりの2回目。そこで、今回は松島の歴史散策もしてみました。
今までよく知らなかった歴史の逸話や伝説を知れて嬉しかったです。
2024年07月20日 12:01
★夢楽さん、コメント有難うございます。

そうですね、日本三景の一つ松島を堪能しました。
やはり、日本三景になるためには、単なる景観だけでなく、信仰や文学など歴史や文化的な価値も含まれての、景観だなとしみじみと思いました。
2024年07月20日 12:07
★ekoさん、コメント有難うございます。

はい、観爛亭から松の木越しにのぞむ松島湾、素敵な景観でした。
お殿様への特別な場所だったのですね。特に「月見御殿」ですから、満月の夜の海の風景はこの上ない風流だったと思います。
今は観光客の素敵な休憩場所。私は時間が無かったのですが。
雄島の渡月橋もひとつランドマーク。それでも、それを渡った雄島の遺構に圧倒されました。岩窟や石碑や石仏などなど神聖な雰囲気で溢れています。
ちょっと現実からかけ離れた空間という気持ちになりますよ。
西行戻しの松公園からの眺望こそ、現代の松島を代表するもの。
展望カフェで一服したかったです。今回は桜でなくヤマフジでしたが。
2024年07月20日 12:15
★yasuhikoさん、コメント有難うございます。

はい、観瀾亭はかつて月見御殿だったとか。満月の夜に浮かび上がる黒い島影と波の景観。これを味わのは高貴な趣味ですよね。
さすが伊達の殿様です。
それから雄島こそ『奥の細道』の現場。残されている人気や記録とはかなり異なる部分があるらしいですね。やはり文学なんだなと思います。
ちなみに、奥の細道に採用された曾良の句は、「松島や 鶴に身をかれ ほととぎす」、華やかですがちょっと現実離れが大きいかも。
芭蕉にどんな思惑があったのでしょうね。
2024年07月20日 12:22
★かるきちさん、コメント有難うございます。

長々としたレポートを読んでいただき感謝です。
歴史好きとしては、美しい景観にある背景や歴史も追いたくなるのですよね。それを探ってまとめるのは、旅を2度楽しんでいるような感覚です。
雄島は特にそんな存在。
見佛堂跡の岩窟、信仰のパワーがヒシヒシと伝わってきました。
何十年も何百年もかけて造るのですから。
一方で、西行戻しの松公園の景観は素晴らしいです。
本当はここのカフェで一服くらい、したかったのですがね。
桜が咲いていたら本当に圧巻だと思います。
2024年07月20日 12:27
★壬生里さん、コメント有難うございます。

京都にも西行法師ゆかりの西行庵がありますか、そうでしょうね。
本当に全国を行脚されたのですね。凄いことです。
日本三景の一つ、松島。やはり歴史的な逸話や伝説に事欠きません。
雄島には渡月橋もあって。震災の被害からも復興されていました。
確かに、高台から眺める松島がいいですね。
様々な名所があるので、事前にも実際に行ってからも、いろいろ考えながら回りましたよ、
2024年07月20日 12:30
★ゴンマックさん、コメント有難うございます。

松島の旅レポート、楽しんで頂けたなら嬉しいです。
思わず、3回と長くなってしまいました。それだけ歴史と文化のある景勝地なんだなと実感しました。
西行戻しの松公園から、松島湾を見渡すのがとても気持ち良かったです。
本当はお洒落な展望カフェがよかったのですが。
次回、桜の季節に行けたら最高です。
2024年07月20日 12:38
★つむぎさん、コメント有難うございます。

梅雨明けしましたね。実は体調を壊してしまって。
それでも、何とかブログは更新しています。
「大変楽しめるレポート」と言って下さると嬉しいです。

観瀾亭は、今は少しお金を払えば、誰でもこの景観を味わえます。
確かに当時は高貴な身分の方だけだったはずです。
月見御殿から見る、満月の世の景色。自然が作った風流の傑作であったことでしょうね。私は散策の途中で撮影しただけなのですが。
また、雄島にある曽良の句碑、「松島や 鶴に身をかれ ほととぎす」という句です。ここに来た芭蕉の思いはどんなものがあったのか。
もちろん感動はあったと思いますが、表現の思惑もあったように思いますね。
2024年07月20日 12:44
★komichiさん、コメント有難うございます。

はい、観覧亭からの松島の景観もいいですよ。
もとともお殿様のお月見用の御殿ですから。
ここでボォーとするのもいいでしょうね。私は散策で忙しくて、、。
そこで雄島へ。その先端の風景や松吟庵の岩窟は、ここでの厳しい修行の跡が伺われますね。凄い霊場だったと思いますよ。
一方で、西行戻しの松公園のカフェ、正直いまでも入りたかったですよ。
2024年07月20日 12:54
★ゆけむりさん、コメント有難うございます。

う~ん、正直言うと「ゆっくりのんびり旅」というか、限られた時間で様々な名所を探る忙しい旅なのですよね。もちろん、その為にそれなりに時間を掛けているとも言えます。本当は松島は宿泊して散策してもいいくらいですから。
観爛亭は、確かにゆったりとした時間が流れているようでした。
私はそこは撮影だけで満足して次へと移動でしたので。
更に、ブログにはアップしていない場所も幾つかありまして。
だからこそ、展望カフェくらい行きたかったのです。

ちなみに、雄島での曾良の句は、「松島や 鶴に身をかれ ほととぎす」です。これが奥の細道に採用されています。

奥の細道も深いです、是非、いつか雄島も含めてその道を辿って下さい。
2024年07月20日 13:00
★ろこさん、コメント有難うございます。

そうでしょうね、観瀾亭の「月見御殿」の抹茶と和菓子、いいでしょう。
こんな景観を見ながらですから、美味しくないわけないですね。
私は撮影だけで、次へと移動してました。
はい、雄島にも渡月橋があります。
松尾芭蕉も訪れたことで知られています。だからこそ芭蕉翁の句も。

西行戻しの松公園には山藤がところどころ自然な雰囲気で咲いてました。
確かに風景に溶け込んでいましたね。

松島は島巡りだけでなく、その歴史を巡る散策も非常に面白いなと今回実感しましたよ。
2024年07月20日 13:04
★ミズバショウさん、コメント有難うございます。

はい、松の花が海に馴染んでいるって松島らしいですよね。
少し上から眺めるのが良かったです。観爛亭はお殿様のお月見の御殿だった場所ですからね。ここで過ごすのは贅沢なことです。
私は散策で忙しく、ゆっくりはできなかったのですが。
その代わり、雄島を巡ってその深い歴史と文化に触れることができました。
2024年07月20日 16:30
お茶室からの松島の眺めが気持ち良さそうですね。
高台から海を眺めると、今の暑さも忘れそうです。
雄島からの眺めも素敵ですね。
ヤマフジも咲いていて素晴らしい景観ですね。
島々を立体的に見渡せる最後の写真がいいですね。
2024年07月20日 16:37
★コスモスさん、コメント有難うございます。

観爛亭、そうなんです、茶室からの松島湾の眺めがとても気持ちいい。
かつてのお殿様の月見の御殿ですから。贅沢な場所なのですよね。
ここは海風も入るので、少しは暑さをしのげるかもしれません。
私はGWだったので実にさわやかでした。
雄島からの眺めもよかったです。歴史的な眺望の名所だったのですね。
西行戻しの松公園には、ヤマフジも咲いていて景観を楽しめました。
上から眺める松島が一番印象的ですね。
2024年07月20日 21:20
こんばんは。
深いですね。
こんなに見どころがあったとは知りませんでした。
松島はまず眺めが大事ですから適した場所に建てますね。
東に向いているので月を楽しむのにはうってつけで想像できます。
途中、奥様は一緒かなと思っていたら現実世界を楽しまれていましたか。
良い組み合わせだと思いました。
2024年07月20日 21:50
★tamiさん、コメント有難うございます。

はい、松島は深いなと思いました。
日本三景というからには、歴史や文化に根差した場所だったのですね。
特に、雄島でそれを感じました。伊達家のお殿様もそれを踏襲したのでしょう。観爛亭はそれにふさわしい場所。確かに東向き、ここからの月見は本当に風流だったことでしょう。
妻は、そんな趣味は全く無いので、現世のショッピングの世界に没頭してしまうのです。
2024年07月20日 22:45
歴史学の授業を受けているかのような感覚を覚えました。
ひも解かれそれぞれの時代背景や移り変わりが分かってきます。
伊達のお殿様は観爛亭で観月を眺めていらしたのですね。
この美しい場所も震災の被害を受けながらも、被害が少なかったのは
松島湾の地形地質が、沈水海岸地域と異なってるからとの説がありますが
美しい景観が損なわれずにすみ幸いでした。
隅々まで行き渡れたレポートを拝読させて頂きました。
松島は見どころ満載で素敵なところだと改めて認識いたしました。
2024年07月20日 23:05
こんばんは。

松島は日本三景に相応しい素晴らしい所ですね(^^)
観爛亭の茶室、ここからの眺望は抜群ですね。この風景を伊達家の藩主も見ていたのですね。
雄島という所は松尾芭蕉も訪れているのですね。そして雄島からの眺望もまた素晴らしいです。
松島は時間をかけてゆっくりと回りたいですね(^^)
2024年07月21日 09:48
お早うございます、松島ですか良い処ですね、あの場所は何回も通っても見る場所があります、勤務で5年石巻にいました、車で30分位で仙台に出る途中に通過します、何度か行きましたが今になり見逃しがありもう一度行きたい感じです、月見御殿もその一つです、北上川を北上すると良い場所も今度いかがです。
2024年07月21日 11:21
★kabosuさん、コメント有難うございます。

ちょっとお堅い記事でしたかね。それでもしっかりと読んで頂き感謝です。
伊達のお殿様は観爛亭で観月、満月に照らされた波や島々の影、とっても風流な景色を愛でていたと思います。
確かに、多くの島々のお陰でやや被害が少なかったといいますね。
それでも、ヘドロ除去などよく復興してくれたと思います。
かつての陸地が沈んで島になってこの景観を作ったといいますね。
この風景を古来から愛してきた人々の思いが感じられるなと思いました。
2024年07月21日 11:30
★narayama2008さん、コメント有難うございます。

はい、松島は日本三景。その背景に古来からの文化や歴史の積み重ねがあることを感じました。それを踏襲して、伊達のお殿様は、ここに観爛亭を建てたのですね。ここにある茶室から眺望が抜群なのは当然なのですね。
一方で、雄島は更に歴史があって、松尾芭蕉も感じ入った場所だと思います。その雄島からの眺望もまたいいですよね。
私も今回来て、松島の見所の多さをあらためて実感しました。
2024年07月21日 11:33
★Yoshiさん、コメント有難うございます。

松島はお馴染みの場所ですね。石巻にいらしたのですから、何度も通っているのですね。身近だったので、意外に訪れてないところもあるでしょう。
かつての月見御殿の観爛亭、なかなか良い所でしたよ。
北上川沿いも行ってみたいですね。
2024年07月22日 15:09
松島・・
さすがに日本三景。
どこをとっていい風景。
手前の松と島と海と船・・
いい写真ですね。
たくさんの人が桟橋に見えます。
人気の高さがわかります。
2024年07月22日 18:47
★ゆうさん、コメント有難うございます。

松島、そうですね。日本三景というのは景観だけでなく歴史や文化の積み重ねもあるんだなと思いました。
更に、西側の上から見下ろす風景が、一番魅力的だなと感じました。
最近は、ここからの写真が、松島の紹介によく使われているようです。
GWの晴天で凄い人でしたよ。
2024年07月22日 21:09
今回も豪華な内容です。
金箔と極彩色の御座の間が見事、
と思ったら複製品でしたか。
環境を考えれば、そりゃそうですよね。
松島湾の南西方面へ、海岸へ下る風景がいいですね。
有名な渡月橋は渡った記憶がありますが、
再建されたんですね。
松島の島々の景観、これも好きな風景です。
松吟庵跡から岩窟のトンネル、歩いてみたい。
確かに、高台からの眺めが立体的でGood❣
日本三景の松島、楽しませていただきました。
2024年07月23日 21:22
★アルクノさん、コメント有難うございます。

松島は名所や見所がたくさんあるので、今回もいろいろレポートさせてもらいました。正直、想像以上でした。
観爛亭の御座の間は、身近に見られる豪華さ。よかったです。
ここでお茶をたしなむのは贅沢なことですよ。
そこから、松島湾の南西方面へ。
砂浜があって人が少なくなり、雰囲気が違うんです。
やはり、渡月橋を渡りましたか。
ここからの松島の島々の景観、歴代の訪問者が鑑賞したことでしょう。
松吟庵跡から岩窟のトンネルは荘厳な空気でした。
最後の西行戻しの松公園からの風景。やっぱり高台からの立体的なのがいいですね。
2024年07月25日 18:11
伊達家の影響が強いと思っていましたが、岩窟や西行、それ以前の文化もたくさん残っているんですね。
新しいところでは震災の津波の影響を上けたところもあったのですね。
後、再建されたり、歴史はこれからも続いて行くんだなぁと思いました。
今度行く機会があれば、観爛亭で松島湾を眺めながらお抹茶とお菓子をいただき、雄島にも行ってみたいです。
芭蕉と松島と言えば私は「松島やああ松島や松島や」を思い出してしまいますが、江戸後期の狂言師の作だそうで、芭蕉を知らなさすぎ~ですね。
松島のレポート内容が濃くて、興味深く、面白く拝見させていただきました。
2024年07月25日 21:07
★すずりん♪さん、コメント有難うございます。

はい、松島は当然ながら伊達家の影響が大きい土地柄ですが、よく見るとそれ以前の歴史の面影も随所に見られるのですね。特に、鎌倉時代からの禅宗の文化が色濃く残っていることを感じました。
特に、雄島はその中心的な場所であったのだと思います。
だからこそ、芭蕉も渡ったのでしょう。
それから、観爛亭は伊達家のお月見御殿。それはそれは贅沢な場所です。
私も、ゆっくりできなかったのは少し心残り。いろいろ散策してました。
おかげで、これまで以上に松島を知ることができました。